常識や年齢など飛び越えていける
2020年の「停滞」から2021年の「超解放」へ
ちょっと気になったので、古い資料をあたってみた───ウインドサーフィンが時速30ノット(55.56km/h)の壁を破ったのは37年前、1983年のことだった。マウイのビッグウェイバーとしても知られていたフレッド・ヘイウッドが、英国ウェイマスでのスピード・トライアルで30.82ノット(57.07 km/h)を記録、世界を驚かせたのだった。
当時のセイルクラフト(帆走艇)の世界最速記録(500mの平均速度)は36.04ノット(66.74 km/h)。1980年に『クロスボウⅡ(カタマラン/双胴艇)』が達成したもので、以降その記録は神話化され、不倒と思われるようになっていた。
だが短時間のうちに大きな進化を遂げたウインドサーフィンは、その神話を現実に引き戻した。余力をもってその記録を塗り替えたことにより、このスポーツに予測しがたいほどの明るい未来を想像させた。1986年、カナリー諸島にて、フランスの元DⅡレーサー、パスカル・マカが38.86ノット(71.96 km/h)の記録を達成したのだ。
クロスボウⅡは億単位の巨費を投じて開発されたハイテク艇で、数名のクルーが計486㎡の2枚の巨大なセイルを操ることでマックススピードを引き出したが、パスカルはたった一人で、わずか4㎡のガストラセイル(現GA Sails)で時速70キロの壁を越えてみせたのだ。カタマラン側にしてみればたまったものではない。あんなちゃちな、オモチャみたいな艇に抜かれるなんてと、苦虫を噛み潰すような思いだったかもしれない。
でもそんなことはどこ吹く風とウインドサーフィンはトップスピードを上げ続けた。1988年にはフランスの人造湖『ザ・キャナル』において英国出身のエリック・ビールが40.48ノット(74.96km/h)を記録、40ノットの壁を破り、その後は50ノット(92.6km/h)を次の壁と見なすようになっていった。
1ノット=時速1.852キロ。10ノットなら18.52キロである。この段階に至ってからの18.52キロはそれまでとはわけが違う。100m走のトップランナーがあと0.1秒、もう0.1秒と身を削りながら記録に挑み続けるのに似ている。たとえ目の前に見えたとしても、そこに立ちはだかる壁は想像以上に分厚く高い。
||2020年の停滞、2021年の解放
2008年3月、フランス・サント=マリー=ド=ラ=メールの会場でアントワン・アルボーがその壁に挑んだ。今やPWAワールドツアーのスピードキングと呼ばれ、これまでに11度もスラローム世界チャンプの座に就いたアントワンだが、当時は“まだ36歳”で、ツアー三連覇を賭けて戦っている最中だった。アントワンはツアーでも勝ち、スピードトライアルでも世界最速記録を更新して、自らの地位をより確かで圧倒的なものにしようとしていた。
結果は49.09ノット(90.91km/h)。ウインドサーフィンの世界最速記録は更新したが、50ノットの壁は破れなかった。だがこの大会をレポートしたジレス・マーティンは次のように語っている。
───アントワンが証明した。ウインドサーフィンは人類がつくった最も効率の高いエネルギー変換装置のひとつだ。それは風によって(ウインドサーフィン・システムが作り出す真の風と進行風との合力によって)風より速く走ることができる。そしてその「効率」はスピード・トライアルによって鍛えられたものである───
例えば翼断面を有するかつての『ウイングマスト』は、セイルのカム・システムに応用された。他にもエアレーション・システム(デッキから取り入れた空気をボトムから排出、プレーニング性を高める)やコンケーブ、ステップなど、数々の実験的なボトムデザインやワイドアングルブームなど、スピードトライアルに向けた開発の数々がウインドサーフィンの基礎性能を高めることに貢献している。
ジレスはこうも言っている。───ウインドサーフィンが50ノットの壁を破るのは時間の問題だ。コンディションさえ整えば、明日達成されても不思議はない。この「装置」はどこまでその効率を高めるのだろう───
ウインドサーフィンが50ノットの壁を越えたのは、その7年後、2015年11月のことだ。少し時間はかかったが、ナミビアのリューデリッツに設えられた人工水路において、43歳になったアントワンが見事に53.27ノット(98.65 km/h)の新記録を樹立した。
それがどれほどのスピードか。普段GPSで自速を計測しているスラローマーなら、たとえ想像は及ばなくても、驚愕することはできるだろう。ちなみに海上での体感スピードは、陸上のそれの三倍ほどになるといわれている。生身でウインドサーフィンに乗り、300キロ近い体感速度で爆走することを思えば、ウインドを知らない人でもその凄さや怖さまでなら想像できるかもしれない。
1972年生まれのアントワンは、来年49歳になる。だが彼を組み込んだウインドサーフィン・システムは、全く衰えを感じさせない。それどころか、次の壁である100キロ超えも間近かと思わせるパフォーマンスを見せている。
ウインドサーフィンは人の能力を高め、常識や年齢を飛び越えた領域まで踏み込むことを可能にする。そういう意味でもこれほど「高効率」な乗り物は他にないのではないか。アントワンにも僕らにも、レベルに差はあるにしろ、そういう乗り物の一部になることで、自然に溶け込んでいく力が与えられている。良かった。良かった、ですね。
2020年は多くの面で「停滞」を強いられた年だった。だがウインドサーフィンの開発者やアントワンらトップウインドアスリートたちが、この一年を無為に過ごしていたはずはない。彼らは思考し、試行錯誤し、分析し、それらを統合しているはずだ。来年は彼らが溜め込み、最適化した何かが大解放される年になることを願う。そしてその喜ばしい影響を多くのウインドサーファーが感じられる年になることを。
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