『御前崎ジャパンワールドカップ 2024』Day 3-4(2月21-22日|水-木)

PWA IWT WAVE TOUR_5-Star Event
2024 SPICARE OMAEZAKI JAPAN WORLD CUP
Men & Women Wave / February 19-25 / Long-Beach, Omaezaki, Japan / Photo by Akihiko Harimoto

石井孝良・野口颯ベスト8進出/杉匠真・石井颯太はベスト16『日本男子奮闘編』

大会3日目、小雨。空は濃淡のない灰色で、風は北東のゆるーいオフショア。面ツルの波だけが煌めきを放つものの、風は上がらず競技はキャンセル。そして翌4日目の今日はレイデイ(休息日)で、競技はもちろん会場でのイベントも行われていない。ということで、一昨日の続き、大会2日目プロクラスにおける『日本男子奮闘編』を書くことにする。

|| ゾーンの中の石井孝良

まずは一昨日の佐藤素子優勝に続くビッグニュース・その2。石井孝良と野口颯がベスト8・セミファイナルに進出した。快挙だ。ヒート表を見て、他の6人の名前を確認してみればわかる(以下カッコ内は世界ランキング)。2人と同じヒートにはバーンド・ロディガー(6)とブラウジーニョ(1)。もうひとつのヒートにはモーガン・ノイロー(5)、ヴィクター・フェルナンデス(18)、マーク・パレ(4)、ロビー・スウィフト(7)。世界が認めるトップ中のトップばかりだ。そんな彼らと日本の2人が肩を並べた。僕は何度もそのヒート表を眺めた。今も眺めている。何度見てもいい。そうか、ここまで来たんだね、という感じがする。

ウインドサーフィン・マガジン
Takara Ishii(J-20)

石井孝良(23歳)は絶好調だったと思う。ホームの御前崎とはいえ、普段とはまるで異なるーーオンショア、軽風、ジャンクーーコンディションの中、いつもいい場所にいた。たまに出現する掘れた波の近くには孝良がいて、彼はその波の底とリップの透けた頂点のあいだを行き来しながら、波と一緒に前へ前へと移動した。まるでオートマチックに。そこにトレースすべき軌道があるように。

クォーターファイナルでブラウジーニョ、トーマス・トラベルサという大物と、弟の颯太と対戦したときには圧巻のライディングを見せた。大きな波でフロントリップ3発、バックサイドリップ1発を決めて勢いづいて、そのあとには崩壊寸前というか、もう崩壊し始めた波に突っ込んでリッピング、その激しい爆発の一部になった。そして白い泡の中に消えた。やられちまったか、と思った。しかし次の瞬間、まるで舞台のセリから昇ってくる役者のように孝良は「生還」をアピールした。会場に歓声があがった。世界中でライブ配信を見ていた人たちも何らかの反応を示したはずだ。ザッツ・エンターテイメント!

|| 野口颯、イケイケキワリップ

野口颯。「颯(はやて)」と書いて「りゅう」と読む。昨年現役を退いたプロウェイバー(今はプロインストラクター)野口貴史氏のご子息で、父のセイルナンバーであった『J-39』を受け継ぐ16歳。英才教育を受けたわけではない。父の姿に憧れ、自然にウインドサーフィンを始めた。ホームゲレンデの御前崎には少し年上の石井兄弟がいて、世界で活躍する彼らが目標になった。最高の条件と環境のもとでめきめきと上達した。もう海外遠征も何度も経験している。僕の勝手な印象でいえば、その性格は素直で明るく開放的で、外国人選手とも積極的にコミュニケーションをとる方だ。今のところ彼の前にはどのような「壁」も存在しないように見える。

ウインドサーフィン・マガジン
Ryu Noguchi(J-39)

今はとにかく行けるところまで行く時期だろう。すでに国内・国外の大会でかなりの力があることは認められている。そこから次の段階に進むために欲しいのは結果だ。今後の成長イメージをより具体的なものにするためには、それなりの基準値みたいなものが必要になってくる。今大会はそれを獲得するいいチャンスだ。

しかし颯は一回戦で負けてしまった。道具のトラブルもあり最下位。相手がモーガン・ノイロー、アントワン・アルバート、石井颯太だったから仕方ない。なんて僕は(たぶん颯も)全然思わない。颯にはもうそれなりの地力がある。とにかくツボに嵌まれば凄いのだ。同時に今はまだ嵌まるパターンが少ないのかとは思う。緊張もあったかもしれない。地元で正真正銘の世界戦を戦うのだから過度の緊張があったとしても不思議はない。

実際に颯は何を思ったのか。「これではいけない」と思ったのか「これで吹っ切れた」と感じたのか。多分後者に近い感じがあったのだと思う。その後リデンプションヒート(敗者復活戦)に勝って本戦への復活を果たした彼は別人と化した。というか、本来の快活な彼に戻った。動きがきびきびと小気味よく、要所でビッグムーブをメイクした。その象徴ともいうべき動きがキワリップ=波の際、ぎりぎりのところに攻め入るリッピングで、それがセミファイナル進出の鍵となって機能した。

その攻め方は尋常ではなく、波とともに壊れる感じた。しかし波は壊れるが、颯の身体と道具は生きた状態で文字通りに「生還」を果たす。そのたびに歓声が沸き、それを見ている他の選手からも大きな拍手が送られる。「あれ、すごかったですね」と僕が尋ねると、貴史氏は言った。「颯はああやって際を攻めながら育ってきた。その精度が上がったんだと思います。今は行くっきゃない段階ですから、ほらもっとイケイケって感じです」

身体も成長して軸ができた。壁もスランプもおそらくまだ感じたことがない。負けに対する恐怖も小さく、それを効率的に未来の滋養に変えられる。だからもっとイケイケだ。当たって砕けろスタイルで突っ込み続けてきた結果、当たっても砕けづらくなった野口颯は、きっとまだまだ強くなっていく。楽しみに見ていきたい。

|| 杉匠真、世界の一員ではなく

世界ランキング8位。今年1月に行われた『御前崎全日本ウェイブ選手権』でも、ほぼ完璧な試合運びで優勝した。杉匠真(21歳)。日本選手の中で最も高いところにいる彼には、自ずと期待が集まってくる。杉はそれをどんと受け止める。そうすることに慣れている。それを力に変えることもできる。

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Takuma Sugi(JPN-7)

今大会の1回戦では、そのあとで優勝を遂げることになるバーンド・ロディガーと熱戦を展開した。敗者復活戦を除くすべてのヒートは4人1組で、そのうち上位2人が次のラウンドに進む権利を得るのだが、そのヒートはスタートして数分後にはほぼバーンドと杉だけのものになった。他の2人とはライディングのクォリティが全然違う。バーンドと杉だけが次々に提供される波の美味しい部分をがつがつ食い尽くしていく感じだ。

結果はバーンドが10.46、杉が9.63。その差はわずか0.83。他の2人は5点台というものだった。杉はやはり世界の一員ではなく、世界のトップなのだと思った。僕は安心してこのヒートを眺めていた。杉がいい波を掴み、途中にエアーを入れてフロントリップ4発のロングライドをメイクしたときには、これぞウェイブライディングと思わず感心してしまった。オンショア・ライトウインド・ジャンクな海面でそれやるか、しかしと。

ところが次のクォーターファイナル(4ヒート、16人の戦い)で杉のリズムは狂ってしまった。いい波が取れない。仕切り直そうとエリアを変えても状況は好転せず、むしろ悪化の道を辿ってしまう。これで混乱してしまったのかもしれない。ジャッジ席から遠く離れた風下側にいる彼からは焦りの色も滲んで見える(ような気がした)。

こういうことがたまにある。去年の『アロハクラシック』でもそうだった。原因はわからない。慎重になりすぎるところがあるのかもしれない。ひとつの負けの重みが増しているのかもしれない。彼が目指す頂点は、近づいてくるものにそういう(最終試験的な)試練を課すものだ。とにかく杉の今大会はこれで終わってしまった。残念。普通にやれれば十分強いのに。

|| 石井颯太、天才肌のレイトアタック

天才肌のスポーツ選手に共通するのは、たまにぽかをやらかすということだ。踏むべきベースを踏み忘れたり、ユニフォームを忘れたり。もちろん例外も少なくないとは思うけれど、石井颯太(18歳)はその典型に属する選手のひとりであるような気がする。行くべき遠征に行けなかったり、今回のように決められたスタート時刻に遅れたり。

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Hayata Ishii(J-27)

1回戦でそれは起こった。遅れて焦って沖へのゲティングアウトに手間取った。インサイドで嵌って風下へ流された。やっとまともに波と向き合えるようになった頃には残り5分。もちろんその時点でライディングポイントはゼロだった。採点は2ウェイブピックアップ。何本かの波に乗って、高得点を得たふたつのポイント合計で勝負が決まる。状況は深刻である。ライトな風とハードな波とジャンクな海面では、5分で2本は無理な話だ。

それでも颯太は1本の波に乗った。本能的に稀有ないい波を捕まえて、本能的なタイミングで波の底からトップに向かった(ように見えた)。遅い、と僕は思った。けれど違うのだ。颯太はレイトアタックで波とともに爆発、見事にキワキワリップをメイクしてみせた。ポイントは4.63。それだけでこのヒートを2位で通過したアントワン・アルバートの2本の合計ポイント4.70に肉薄した。結果的に颯太はこのヒートを落としたが、一方でその天才性を物語るひとつのエピソードを獲得したような気がする。良かったのか悪かったのかはわからないけど。

でも多分良かったのだ。そのあと颯太は敗者復活戦に激勝し、クォーターファイナルでも「いい動き」を見せた。そのキーワードはレイトアタック、キワリップ、サバイブだ。白いスープの塊からぬっと出てくる颯太の姿は、火事場で勇敢に役目を果たした消防士を思わせる。リスクと感動がセットになってギャラリーを魅了する。ワールドツアーの全てでその一発技が今回同様の評価を得られるとは限らないけれど、それが強力な武器になることは確かだ。

考えてみれば、ここで話した日本の4人は例外なく既にその武器を手にしている。他の国のトップライダーたちも同じだ。ならば武器になるのか、と思われるかもしれないが、大事なことはその武器に対する熟練度と使いようである。その点においても、今回の難しいコンデションの中でその技を目立たせた彼らは、世界のトップレベルにあると言っていい。それぞれが創造する流れの中にその1発をどう組み込んで勝ちにつなげるか。今始まったばかりの今期ワールドツアーが楽しみですね。ライブ中継などで応援してください。


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