『別世界まで飛ぶ男』→(飛べ、日本のユースたち)
3× ウェイブワールドチャンプ、ヴィクター・フェルナンデス───彼が初来日を遂げたのは、PWAグランドスラム・ポッゾ大会でワールドツアー初優勝を遂げた翌年の2007年、23歳のときだった。三浦、伊豆、鎌倉、御前崎、茅ヶ崎、逗子と日本のポイントを乗り倒したヴィクターは、世界最高水準のスキルをもって各地の海で静寂とどよめきを生み出した。地元ウインドサーファーにとっての「いつもの海」で、まるで「ワールドカップ会場」かと思わせるようなパフォーマンスを披露した。
なかでも圧巻だったのはジャンプだ。その高さは日本の常識の枠を軽々と飛び越え「これが世界か」とギャラリーを唸らせた。「ヴィクターが到達する世界のことは誰も知らない」当時その光景を現認した逗子のローカル、荒木康行氏(『フェザーファクトリー』所属)はそう思った。そして訊いた。
───これまでで一番高いジャンプは?
「去年(2006年)グランカナリー(ポッゾ)で、3.5㎡と68ℓのセットで、20m超のジャンプを飛んだ。近くの建物の屋上が見えるくらいで、着水までにかなり時間がかかった。マウイ(ホキーパ)では僕を撮影していたヘリを超えたこともある。真下にプロペラが見えてね。『どいてくれーっ!』と叫んだから、いま僕は生きている」
───もうどれだけ飛んでも怖くない?
「ループを練習し始めた頃からあまり怖さを感じなくなった。ただ未知の高さまで飛んだときには少し怖さを感じるかな。それより低ければ問題ない。飛び出すときにはいつもアドレナリンが出まくりで、それをコントロールするのに必死だね。その興奮はジャンプのピークに達するまでに落ち着かせておきたい。その後の一番難しい着水に備えるために」
───ハイジャンプのピークでは何が見える? どんな感じ?
「上昇中は空を見ている。頂点を越えたあたりで海面を見ると、サーファーやウインドサーファーが口を開けて僕を見上げていたりする。もちろん高く飛ぶほど視線を感じる。ジャンプ中はあたりがしんと静まりかえる。ほとんど無音の世界になる。僕は別世界に飛び出す感じでジャンプするんだ」
───高く飛ぶことのメリットは?
「そりゃあ気持ちいいことさ。僕と同じ高さまで飛んだことのない人は、僕の気持ち良さを知らない。それはすごく大事なことだと思う。高く飛べば時間的にも空間的にも余裕が生まれる。様々なジャンプ系ムーブがダイナミックになるし、メイク率も高くなる。ジャンプ技で行き詰まったときには、まず高く飛ぶ練習をするといい」
「高く飛ぶことで余裕が生まれる」とヴィクターは言った。しかし実際には、高く飛ぶほど空中での溜めを作ることも、そこからのアクションをコントロールすることも難しくなる。だから日本のウェイブライダーは、プロでさえ高く飛ぼうとはしなかった。日本ではそれが普通で、それでも勝てたからだ。
だが今は違う。杉匠真(J-7_17歳)/石井孝良(J-20_19歳)/石井颯太(J-775_15歳)ら、既に世界のユースと認められている彼らは、世界基準のジャンプを目指し、それを越えようとしている。世界では高く飛ばなければ勝てないと、本気で別世界まで飛ぼうとしている。
2019年のPWAウェイブランキングを見てみれば、ジャンプの質と順位とが密接に関連していることがよくわかる。
1位=フィリップ・コスター(G-44_26歳)/2位=マルシリオ・ブラウジーニョ・ブラウン(BRA-105_31歳)/3位=リカルド・カンペロ(V-111_34歳)/4位=アントワン・マーチン(F-193_26歳)/5位=ヴィクター・フェルナンデス(E-42_36歳)
みなスカイハイジャンパーである。世界のトップにジャンプを不得手とする選手は一人もいない。ダブルフォワード、レイトフォワード、バックループ、プッシュフォワードなど、高く高度なジャンプ技を───まるで高飛び込みの金メダリストが飛沫を上げずに入水するように───高い精度でメイクできるようでなければ、彼らに抗い彼らを越えることはできないのだ。
杉、石井らをはじめ、本気で「彼ら」に勝とうとしている日本のユースたちはそのことを知っている。
2007年、日本で見たヴィクターは、別世界の人だった。でも今ヴィクターら、世界のトップウェイバーを見れば、日本の若手を思い起こすことができる。隔世の感がある。日本の若手が、遅れていたウェイブ時計をクルクル早回ししているような感じがする。さあ飛んでゆけ、日本のユースたち。別世界を世界とし、その頂点に立てるところまで。
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