PWA WORLD TOUR 2019
EVENT_05 / Foil Men #2
May 28-June 02 / Gulf of Roses, Costa Brava, Catalunya, Spain
All Photo by John Carter_pwaworldtour.com
フォイル × 10レースで8人の勝者が生まれる
「史上初のフォイル・スラロームが行われるとともにフォイルは進化を続け、トーマス・ゴヤードが世界ツアーで初めての勝利を果たす」─── 6月2日に終わったPWAツアー『コスタブラバ大会』をまとめたプレスリリースの見出しにはそうある。さらにレポートの冒頭部分はこう続けている。
「PWA最初のフォイルオンリーのこのイベントでは全10レースが成立、大成功を収めた。ミニマム風速のレースから、2日目には凶暴なトラモンターナの風(当地に吹き下す北系の風)が吹き、乗り手の気迫とフォイルにおける風の上限をテストした。アップ&ダウンウインドのコースレーシングがあり、ダウンウインドのスラロームも試され、そのバラエティに富むコンディションやレースコースが多くの勝者を生み出した」
(各レースの勝者は以下の通り)▶︎(第1レース)=ジュリエン・ボンテンプス(FRA-6)2008年北京五輪銀メダリスト、2018年PWAフォイルランキング6位 ▶︎(第2レース)=トリスタン・アルグレット(GPE-44)5月の韓国大会のスラロームで初めて表彰台に登壇(3位)そしてこのレースでツアー初めてのトップフィニッシュ ▶︎(第3/第4/第7レース)=トーマス・ゴヤード(FRA-3)2016年RS:Xヨーロッパチャンピオン。東京五輪を目指す現役オリンピッククラスレーサー ▶︎(第5レース)=ゴンザロ・コスタ・ホーベル(ARG-3)2018年PWAフォイルチャンピオン ▶︎(第6レース)ニコラス・ゴヤード(FRA-465)トーマスの弟、23歳。5月日本大会のフォイルでも5位入賞 ▶︎(第8レース)=アントワン・クェステル(FRA-99)スラロームでもフォイルでもベスト10前後の常連 ▶︎(第9レース)マテオ・イアキーノ(ITA-140)2016年PWAスラロームキング、去年のシルト大会ではフォイルでも優勝 ▶︎(第10レース)=アントワン・アルボー(FRA-192)11× PWAスラロームチャンピオン。去年のフォイルランキングは3位。
うーむ、そうだったか。10レースで8人のトップ・フィニッシャーが生まれたか。こりゃあ混戦だな。誰が速いのかはやっぱりまだわからない。でもそんな中で3つのレースを制したトーマスは、頭ひとつぶん抜けているのかもしれない。そんなことを考えながら、改めてリザルト表を眺め、各レースの風速を確認してみる。と、いくつかわかった(ような気になった)ことがあった。
まずレースのバリエーションはそれほど多くはなかった。大別すれば3つだ。 1)ライトウインド・アップ&ダウンウインド・コースレーシング(第1レース=7~12ノット)(第3レース=5~13ノット)(第4・第5・第6レース=6~13ノット)(第7レース=8~14ノット)/2)強風・アップ&ダウンウインド・コースレーシング(第2レース=30ノット)/3)ライトウインド・ダウンウインド・スラローム(第8・第9・第10レース=7~14ノット)。この3つのタイプのレースを象徴するであろうリザルトが下の表(トップ10リスト)であり、それはいくつかのことを語っているように思える。
▼フォイルで大型選手による支配が解けるかもしれない
❶ライトウインド・アップ&ダウンウインド・コースレーシング=このレースで再確認できたことは、5月の『横須賀三浦W杯』と同じく、やはりライトウインドのコースレーシングではオリンピッククラスレーサー(以下:OCレーサー)が速いということだ。この風域のレースでは、ほぼ全員がマキシマムサイズである10.0㎡のセイルを使用することになるわけだが、PWAレーサーには体重90kg以上の大型選手が多いのに対して、OCレーサーの体重は75kg前後である。つまりPWAレーサーは、同じコンデション、同じセイルサイズで15kg前後(体重100kgのアントワンなんかは25kgも)のバラスト(重し)を積んでレースを戦うみたいなことになるわけだ。これではなかなか接近戦には持ち込めない。だからPWAレーサーは、この風域でレースが行われることに対して渋い顔をする。一方のOCレーサーは涼しい顔をしている。まるで「この風域でレースができるからこそのフォイルだろ」とでも言うように。
❷強風・アップ&ダウンウインド・コースレーシング=30ノットといえば風速15m/s。十分に強風スラロームが成立する風だ。そんな状況下で行われた第2レースはレアケースと言えるだろう。誰もが(ほとんどの選手が)ミニマムサイズの8.0㎡のセイルを使用したはずだ。もちろんそれでも誰にとってもオーバーセイルだったはずである。そんな状況では「飛ぶこと」よりも「飛びすぎないこと」が大事になり、安全確保が最優先事項になってくる。選手の誰もが着用を義務付けられているヘルメットとプロテクトベストのベルトを、いつもよりきつめに締めて出艇したかもしれない。そして多くの選手がセイルを開いて走った。それでもいろんなところで多くの沈が発生した。フォイルのエッジが槍やナイフのようにならなかったのは幸いだったが、セバスチャン・コーデルは何かの拍子に背中を強打して負傷したみたいだ。ギャラリーにとっては緊張感に溢れるレースだったが、選手にとっては抑圧的で閉塞的で、ストレスとリスクばかりが大きいレースだったのではないか。このレースで上位を占めたのはPWAレーサーたちであったが、またこのようなレースが行われるかといえば、どうだろう? というところだ。個人的な感想を言わせてもらえるならば、現段階で現状のルールの下では、これはフォイルの風域ではないという気がする。
❸ライトウインド・ダウンウインド・スラローム=今大会では史上初めてのフォイルによるダウンウインド・スラロームが行われた。風は7~14ノット。この風域ならOCレーサーに有利かと思われたのだが、結果はPWAレーサーズの圧勝だった。長いアップウインドレグがなくなり、そのぶんOCレーサーたちは彼らが有する高いレベルの戦術・戦略的能力を生かせなくなった。とはいえライトウインドなら、やっぱりOCレーサーの方が速いのではという気がするのだが、実際には違った。第10レースでは体重100kgのアントワンがとんでもないダウンウインド・スピードを見せたという。スラロームでは一旦前に出られしまうと抜きどころを見つけにくい。PWAレーサーたちはスラロームのスタートが上手かったのかもしれない。コース内にもっと深い───ボードを浮かせるにはより効率的なパワー変換が要求される───ダウンウインド・レグがあれば別の結果が出ていたかもしれない。わからない。ただひとつ確かなことは、ライトウインドでもスラロームならPWAレーサーにも勝ち目があるということだ。
❹=結局この大会はトーマス・ゴヤードとジュリエン・ボンテンプス、二人のOCレーサーの1・2フィニッシュで幕を閉じた。途中なんだかんだあっても、ライトウインドでレースを重ねていけば、最終的にはそうなるだろうという結果に落ち着いたという感じだ。もしかしたら、そういう想定内の結果を避けるために、今後のライトウインドレースでは、コースレースとスラロームが半々で行われることになるかもしれない。少なくともPWAレーサーたちはそうなることを望んでいるのだろうという気がする。
今シーズンの男子フォイル・シリーズはあと2戦。9月のドイツ・シルト大会はグランドスラム・イベントなのでウェイブ、フリースタイル、スラロームも併催される。だからフォイルはライトウインドで行われる公算が高い。そして11月の最終戦、ニューカレドニア・ヌメア大会へと続くわけだが、これまで強風スラロームが行われてきたそこで、今年はフォイルオンリーの大会が開催される(本当はスラロームもやってほしいんだけど)ことになっている。
誰が2019年のフォイル王者になるか? 最後までわからない。これまでの暫定ランキングでは、1位のマテオ・イアキーノを筆頭に、トップ4までがPWAレーサーだが(4人はポイントでは19,500で並んでいる)彼らが不気味と感じているのは、おそらくわずか100ポイント差で5位につけているトーマス・ゴヤードだ。なぜなら今季の全4戦が成立すれば、ディスコードルールが適用され、選手それぞれがワーストイベントの結果を削除することが可能になるから。つまりトーマスは『横須賀三浦大会』での10位をなかったことにできるからだ。
PWAレーサーには「ここはオレたちの舞台だ」という思いがあるかもしれないし、OCレーサーには「フォイルはオレたちの種目だ」という思いがあるかもしれない。そんな彼らがぶつかる。そして・・・もしかしたらこれまで大型選手に支配され続けてきたPWAのレースに変革が起こるかもしれない。誤解しないでほしいのだが、僕はOCレーサーに肩入れしているわけではない。音もなく、航跡もなく、静かに、しかし激しく展開されてゆくフォイルレースが、より熱くヒートアップすることを期待している。
▼2019 Catalunya Costa Brava PWA World Cup_Day6
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