可能性を拡げる5人───杉匠真 / 石井孝良 / 石井颯太 / 橋本陸汰 / 野口颯───日本ウェイバーズ世界と戦う_❶ 杉匠真 編

Gran Canaria PWA Windsurfing World Cup 2022
Wave Men & Women / July 09-17 / Gran Canaria Pozo Izquierdo
Photo by John Carter_pwaworldtour.com

ウインドサーフィン・マガジン
Takuma Sugi(J-7)/ Gran Canaria PWA Windsurfing World Cup 2022

(7月9日~7月17日、スペイン・グランカナリア島・ポッゾ)

世界屈指の強風ウェイブポイント、ポッゾで3年ぶりにPWA・W杯が開催された。参加選手はプロメンズ&ウィメンズ、ジュニア、ユースの各クラス合計で104名。久々の盛大なウインドサーフィン・フェスティバルだ。

日本からは5人の若手が参戦した。5人も! と驚く人もいるかもしれない。ポッゾはポートの(海に向かって左から風が吹く)ゲレンデである。スタボー(海に向かって右から風が吹く)のゲレンデが多い日本から5人もの選手がエントリーしたことは過去にない。それなのになぜ? 本気で世界のトップを目指す若手が増えているからだ。ヨーロッパを中心にツアーが組まれるPWAでは、大会会場がポートのゲレンデになることが多く、その風で勝てる力がなければ話にならない。だから彼らは積極的にポッゾに遠征し───今回も大会の約1カ月前に現地に前乗りして───トレーニングを積み上げ、試合に出る。

その道筋を作ったのは、今季初戦のカーボ・ベルデ大会で大活躍、今やPWAの新参者、日本のツートップ、としてツアーレギュラーたちにも認められる存在になった石井孝良(カーボ・ベルデ大会6位)と杉匠真(同8位)だが、それに続く若手がこうも続々と生まれてくる現状にはやはり驚くし嬉しいし、頼もしい限り、という感じがする。

で、どれだけ若手か? 杉匠真(この7月23日で)20歳、石井孝良21歳、石井颯太17歳、橋本陸汰18歳、野口颯15歳、平均年齢18.2歳。これだけの若手を世界に送り込むことのできる日本は、その年代の選手層の厚さでは世界トップクラスかもしれない。ついこのあいだまでウェイブ人口の高齢化ばかりが叫ばれていたこの国にこんな状況が生まれるなんて、やっぱり驚く。

さてそれで、5人は今回いかに世界と戦ったか────

|| 杉匠真、世界トップ8の壁に挑む

▶︎今シーズン初戦、カーボ・ベルデ大会で8位に入賞した杉匠真は、大会4日目(7月12日)の1回戦でまずブラジルのタイガー・ジョーダンをかるーく大差で退けて2回戦に進出、大会6日目にマウイのベテラン、グラハム・イジーと対戦した。これは簡単な戦いではない。僕はそう思ってライブ中継を見ていたのだが、杉はジャンプでもウェイブライディングでもグラハムのポイントを上回り、トータルで4.5ポイントの差をつけて勝利した。

コンデションは十分ではなかった。風も波もポッゾ本来のそれではなかった。特に波がないのは一目瞭然で、ジャンプのカタパルトを見つけるのも、ウェイブライドができる斜面を見つけるのも、きわめて難しい状況だった。それでも杉は軽やかに動いた。ワンフットバックループやダブルフォワードでジャンプの得点を稼ぎ、バックサイドからシャカやフォワードループを決めるなど、ウェイブでも高得点をマークした。

グラハムはやはり形のいい波がブレイクするマウイのウェイブライダーなのだなと思った。同時に杉に対しては、さすが風さえあれば海に出る男だ、もしかしたらこのコンディションは、風の向きこそ違え、彼のホームである逗子の大西の際のそれに似ていたのかもしれない、と思った。いずれにせよPWAのフリースタイルにも参戦している杉のオールラウンドな能力は、W杯を戦う上で強力な武器になる。改めてそのことを確認できたヒートだった。

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Takuma Sugi(J-7)Push_loop

翌大会7日目。ここまでサバイブしたトップ16により行われる3回戦で、杉はヴィクター・フェルナンデスとあいまみえた。ヴィクターはこれまでに3度(2010/16/18年)世界チャンピオンになった文字通りのトップライダーである。相手にとって不足はない。なさすぎるかもしれない。だが彼に勝てばトップ8の壁を超えてその中に入り込める。

杉は先制攻撃を仕掛けた。ヒートが始まるやいなや沖のカタパルトへと向かい、引き出せる限りのスピードでそこを昇ってジャンプした。ダブルフォワード、完着。まるで有名外国人選手のような、あるいは教科書に載せたいくらいの完成度だ。ジャッジが与えたポイントは8.27。エクセレント! アベレージの演技では勝てない。だから最初から勢いをつけておきたかったのかもしれない。それにしてもそのゲームプランのようなものをこれほどのレベルで実現したのだとすれば、杉はコンペティターとしてまたひとつ強力な武器を手にしたということになると思う。

ヴィクターはおそらく杉のダブルを目撃していた。だから彼も最初からフルスロットルで海上を動き回った。だがジャンプでは杉を上回る技を出せない。杉に対抗すべくダブルもメイクしたものの、得点は7.38と杉のそれには及ばない。しかし、ヴィクターはヒート後半にウェイブライドで逆転に成功する。

それは見事なものだった。波らしい波のない海面にそれでもましな波を見つけ、その広くはないフェイスに深いラインを刻んでいく。特にすごかったのはフロントサイドへの動きだ。オンショアがきつかったこの日のポッゾの海面では、ボードをフロントサイドに振ると一気にスピードが落ちるのだが、ヴィクターのボードの減速は最小限に抑えられていた。波のボトムに降りることでスピードを稼ぐのではなく、波のフェイスを長く(横に)使うことでスピードをキープしていた。そのことによって、ヴィクターは相対的にライディングをダイナミックに見せることに成功した。多くのトップライダーが同じようなラインをとるのだが、ヴィクターはそれをより高いレベルで完遂できる選手の一人だと思う。

結果、杉はジャンプで勝ち、ウェイブで負け、トータル0.61ポイントの差で惜敗した(Heat:19a ポイント表参照)。ベスト8の壁をがしがしと登っていき、最後の突起物に手を掛けたところで、それとは別のもう少し大きい突起物を見つけたヴィクターに、ぐいっと一気に先を越された感じだ。「やっぱりヴィクターは強かったです」試合後、杉はそう言った。

杉匠真:シングルイリミネーション9位タイ。

わずか0.61ポイントのギャップの中に、杉が何を感じたのかはわからない。でも何かしら「そこにしかない何か」を見出したのではないか。それがオールラウンダーとしての杉をさらに強化する滋養になるといいと思う。そうなれば、次はまた面白いことになるはずだ。

と、ここまで書いたあとに「ダブルイリミネーション(敗者復活戦+グランドファイナル)を行う」とのアナウンス。杉はシングル9位の位置で、そこまで復活してくる者を待つことになる。

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Heat:19a

|| ポッゾ「スーパー難しいコンディション!」

大会9日目、相手はスペインの27歳、アレッシオ・スティルリッチに決まった。強敵だ。なにしろポッゾをホームゲレンデに、もう10年以上も戦い続けている選手なのだ。当然この海のコンディションには精通しているし、ここでの戦い方もわかっている。ジャンプもウェイブもうまく、少なくともここでの彼にウィークポイントは見つけにくい。

全開でいくしかない。けれどなかなかいい波がみつからない。ライブ中継のMCは、このヒートが始まるまでに何度も「スーパー難しいコンディション!」と叫んでいる。おっしゃる通り。しかしそれでも杉はジャンクな海面になんとか使えるジャンプ台を探しつつ、繰り返しダブル・フォワードを仕掛けていった。そしてヒート後半に飛んだ3本目で7.50ポイントを獲得した。よしっ、これならいける。

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Takuma Sugi(J-7)Double Forward

だがライブ中継の画面の下に映る二人のポイント表ではスティルリッチがリードしている。なぜだ? 杉はウェイブのポイントをほとんど稼げていなかったのだ。最終的にこれが響いた。ヒート終了間際にタカやリップフォワードなどを含むいいライディングをみせたのだが、結局ウェイブポイントで0.87、ジャンプを合わせたトータルで1.7ポイントの差で敗退した

スティルリッチはジャンプ、ウェイブ、ジャンプ、ウェイブと、海を往復するごとにダブルフォワードやバーチカルなラインのウェイブライドなど、何かしらの技を仕掛けて確実に得点を稼いでいった。海面と試合時間を効率的に使い切った。

杉匠真の最終結果:17位タイ。ポッゾの大会におけるホームアドバンテージは想像以上に大きい。それが僕の中に残った一番の印象である。

試合後の杉のコメント。「難しいコンディションのなか上手くまとめられましたが、僅差でラウンドアップできず悔しい結果となりました! ポートでの課題点がたくさん見つかったので残りの(遠征)期間頑張ります! 年間ランキングは今のとこ11位です! 最終戦のシルト楽しみです!(フェイスブックより)」

うん、楽しみだ。ドイツ・シルトの大会は9月24日に始まる。目指せ年間ランキング・ベスト10! 僕は本気でそう言えることに感謝している。

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Takuma Sugi(J-7)Over Pozo

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