ウインドフォイル、驚くべきフライト性能
風速1.5〜5.5m/sの津久井浜で10レースが成立
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最終日、12:00前。晴天無風から一天にわかに掻き曇り、南からのオンショアが吹き始める。12:17、フォイルレースがスタートする。男子の第4レースと、女子の第7レース。風は弱い。最後までもつかどうか? 結局女子のレースはなんとか成立したものの、そのあと急激に風が落ち、男子のファイナルはキャンセルになってしまった。
第3回『ANA ウインドサーフィン ワールドカップ 横須賀・三浦大会』がこれで終わった。
今大会から女子の正式種目になったフォイルでは、3×スラローム・ワールドクイーンのデルフィン・カズンが7レース中の有効レース5つ全てでトップを獲り、完璧なかたちで史上初のレディス・フォイル・ウィナーになった。デルフィンはフォイルでも速かった。女子の中では大型の彼女は、今のところ9.0㎡のビッグセイルを使いきれる唯一のレディスレーサーだといえるだろう。デルフィンはライトウインドでの体格的不利をそのセイルサイズで乗り切った。ロンドン五輪金メダリストのマリーナ・アラバウとの接近戦を何度も制して、PWAレーシング女王のプライドを守ってみせた。
男子は4日目までの成績がそのまま最終結果になった。勝ったのはピエール・モーテフォン。去年のランキングは13位、最高位も6位だった彼は、シーズンオフの間にハードワークを重ね、道具の開発にも力を注いだということだ。そして自らのアイディアを注入した『ファナティック・フォイル・エディション』2020年モデルを持ち込み、3位 / 3位 / 5位と見事にレースをまとめて優勝をもぎ取った。ピエールのコメント。「スタートやリーチングなど、すべてにおいてリスクを小さくし、レースを複雑化することを避けてセイリングした。それが報われたのだと思う。幸せだ」おめでとう。
「フォイル戦国時代」始まる
去年正式種目になって以来、メンズのフォイルでは5つのイベントが成立しているのだが、勝者は───ゴンザロ・コスタ・ホーヴェル / マテウス・アイザック / アマド・ブリスウィック / マテオ・イアキーノ / そしてピエールと───全て別人である。まだ誰が一番速いのか、本当のところはわからない。選手も道具も進化を重ね、弱点を克服している最中なのだ。だから面白い。今のフォイルレースはサプライズに満ちている。
一方フォイルとともに予定されていたスラロームは、残念ながら今大会では1レースも成立しなかった。津久井浜に吹くいつもの風は、大会前日に吹いたきり、長い休息に入ってしまった。これでフォイルがなかったらと思うとゾッとする。そうであれば全てがキャンセルになっていたはずだ。公式発表によれば、今大会でレースが行われたときの風速は3−11ノット(1.5-5.5m/s)だったという。フォイルでもギリギリの風だ。PWAの大型選手(90kg前後)が「この状況でどうしろというのだ」と嘆くくらいの風だった。それでもフォイルは飛び(浮き上がり)続け、トーマス・ゴヤードやキラン・バドローなど、普段はオリンピック・クラスを主戦場とする軽い選手(75kg前後)が活躍した。そしてPWAツアーに「PWAレーサー(対)オリンピッククラスレーサー」という新しい戦いの構図を生み出した。それは今後の注目ポイントのひとつになるに違いない。
今思えば、いくらフォイルだとはいえ「よくあの風でレースが成立したものだ」という気がする。「レーシングスクールも中止になる風ですよ」とは、ある日本選手の言葉だが、本当にそう思う。考えてみれば、この大会はフォイルとともに成長してきた。2017年の第1回大会ではエキジビション種目として行われ、’18年には男子の、今大会では女子の正式種目として初めて公式レースが行われた。大会を通して世界にフォイルの「今」を発信してきた。とくに今年のレースはウインドサーフィンのミニマム風速を引き下げ、このスポーツがこれまで抱えていた───風がないと走らない、イベントとしても成立しないという───最大の弱点の大部分を克服したことを証明する、きわめて意義深い戦いになったと思う。
フォイルレースは「情報戦」である
もうひとつ明らかになったことがある。もちろんスラロームでもそうなのだが、まだ生まれたばかりで進化のスピードが著しいフォイルレースでは、まず情報戦に勝てなければいい結果は残せないということだ。今大会には多くの日本選手が参戦したが、トップ32による男子のファイナルレースに進出できたのは穴見知典(総合38位)だけだった。彼は言った。「道具が違いすぎる」と。それはどういうことなのか?
日本選手の多くは(というか、たぶん日本選手はみな)この大会で世界のトップ選手が駆る道具を、現場で初めて目にすることになった。彼らの多くは2019年モデルではなく、2020年モデルの(未来の)ボードやフォイルを使っていた。そんなことが許されるのか? 実際には許されていたわけだが、過去に例のないそういう現実を目にするなんて、日本選手は誰も思ってもいなかった。
例えば穴見も所属する『スターボード』のトップレーサーたちが持ち込んだ2020年モデルのフォイルは、フューサレージ(フォイルの胴体部)が長くなり、フロントウイングの位置が10cmほどノーズ寄りにくるように改良されていた。これによりボードは浮きやすくなり、風のパワーやパンピングのパワーを高効率で前進力に変換できるようになっているはずである。そうだとすれば、その性能はとくにライトウインドレースにおいて大きな力になるに違いない。
それから今大会の男子のレースでトップフィニッシュを決めたのは、ニコラス(第1レース)とトーマス(第2・第3レース)のゴヤード兄弟だったのだが、二人が使っていたフォイルも日本には馴染みのない、フランスのセイリングギアメーカーが開発した『ファントムフォイル』であり、トーマスが使用したセイルは同メーカーが開発した『ファントム(Iris RF)』であった。もちろん僕もそれらを初めて見た。とくにセイルの方はラフカーブ独特で、マストの中心付近のベンド(曲がり)が大きく「そのぶんドラフトが浅く、リーチがルーズで、パンピングしやすいのではないか」など、友人とともに驚きつつ語り合ったりした。さらに今回2位で表彰台に立ったセバスチャン・コーデルは、スラロームのそれよりも2kg近くも軽いフォイル専用ブームを使用していたという話もある。
誤解しないでほしいのだが、最新ギアの性能に関するここまでの話はただの推論でしかない。実際に道具を測ってみたわけでもないし、日本の誰かが試乗したわけでもない。本当のところはまったくもってわからない。「日本には本場(欧州)の情報は届かず、未来は突然やって来る」のだ。そして「その状況に甘んじていれば、日本にいる日本の選手がフォイルレースでいい成績を獲るのは難しい」穴見知典はそう言った。そしてなにやら考え込んだようだった。
今大会はライトウインドのフォイルの「最先端」を明らかにして終幕した。次の韓国大会(男女のスラロームと女子のフォイル)は明日(5月18日)開幕する。そこでは何が起こるのか。日本選手も多く参戦するので、ぜひ注目していただきたい。そして来年の『ANA 横須賀・三浦ワールドカップ』まで、ワールドツアーの流れを掴んでおいていただければとも思う。そうすれば2020年のこの大会を、これまでより何倍も興味深く観戦できるだろうから。
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▼Fly! ANA Windsurfing World Cup Yokosuka Miura Japan / FOIL_Result