「波の移動速度に板のスピードが追いつかない」
ジョーズ、ビッグウェイブライド
─── 12年前の冬、2006年2月5日。マウイ島のビッグウェイブポイント『JAWS』に巨大な波がブレイクした。
先(2月3日のNEWS)にも掲載した通り、そこにはリーバイがいて、ロビーがいて、ジェイソンがいた。
そして中里尚雄もそこにいた。その波に乗った日の彼の日記がここにあるので紹介する。
2006年2月5日、日曜日。
感無量、ジョーズがブレイクした。
午後2時、マリコベイからマリンジェットでゲティングアウト。予想通り。デカい。12m超。マスト3本分は優にある。
この波を目の当たりにすると、やはり血の気が引いていく。轟音を立ててブレイクする巨大な波を前にただ怯む。
帰りたい。それが最初にでてきた言葉だ。
小さなマリンジェットに積んできたセイルを組み立て始めると船酔いを感じた。思いっきり嘔吐する。
昨日の晩、あまりの緊張で眠れなかったせいか、視界が白く、意識も少しぼんやりしている。
遠くの波を見たくても見れない。焦点が合わない。休んだ方がいい、やめろ! ということか? きっとそうだ。
だが、なぜだろう。気がつけばブレイクポイントの沖へと向かう自分がいた。
波が来る。セイルに風を入れてみる。スピードをつけてテイクオフ。
だが身体全体に力が入らず(スピードが上がり切らずに)波の背においていかれる。続けて波が来なくてよかった。
次の波。ようやく意識が戻り始める。今度こそ、と気合いを入れてテイクオフ!
またうねりに置いていかれそうになる。でも今度は耐えに耐えてなんとか追いつく。
ジョーズの波が怖いのはここからだ。いくらスピードを上げているつもりでも、板がなかなか斜面を降りていかない。
波の移動のスピードに、板のスピードが追いつかない。結果、厭でも波のトップに居続けることになる。
4階建てのビルほどに成長し、今まさに崩れんとする巨大な水の壁のてっぺんにぽつんと一人。
強引にでも板を加速させないと人間ダイブ、それこそ海の藻くずになりかねない。
とにかく斜面を下らなくては。何とか板を走らせる。と、今度はコブだ。遠くから見ればきれいなフェイスも、実はデコボコだらけ。その斜面を極限までスピードを上げた板で下っていく。尋常ではない。スキーのモーグルならば転ぶだけで済むけれど、ここで転べば巨大な波の雪崩に襲われる。
この世にこんな恐怖があっていいのか。駆け降りながらも異常な不安に襲われる。その不安に負ければすべてが終わる。
ただ無になりたいと願う。あまりに集中しすぎて視界は狭まり、もう轟音すら聞こえない。ただこの偉大な自然とひとつになれるようにと願い続ける(編集部注:上の写真はその日そのときのものではありません)。
気がつけば波を最後まで乗り継いでいた。本当にそんな感じだ。同じようにあと2本波に乗り、この日のジョーズライドを切り上げる。これ以上乗るのは危険だ。精神的にも限界「今日はこれで十分」
マリコベイに戻るとあたりは暗くなっていた。無事で良かった。まだ震えが止まらない。両腕がつった。極限の緊張状態で、ブームを強く握りすぎていたのだろう。それにしても凄かった。あの波、あのパワー。やはりジョーズは特別な場所だ。でも実感が湧いてこない。この興奮状態、いつになったら冷めるのだろう。
──── 中里尚雄
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