『ANA 横須賀・三浦ワールドカップ』Day 5(11月15日|火)

Fly! ANA Windsurfing World Cup YOKOSUKA MIURA Japan
Men & Women Slalom / November 11-15 / Tsukuihama Beach, Yokosuka, Japan / Photo by John Carter_pwaworldtour.com

ウインドサーフィン・マガジン
Fly! ANA Windsurfing World Cup YOKOSUKA MIURA Japan 2022

|| 雨粒がストレートに落ちてくる津久井浜で

大会5日目、最終日。冷たい雨。薄めのダウンを羽織っても少し寒い。ネックウォーマーと手袋をつけて、会場の大型ヴィジョンの前にささやかな自分の場所を確保する。今日は正面から画面を見られる。さすがに平日の雨の火曜日だから、先の週末のようには混み合ってはいない。それでも熱心なファンが、あるいは普段はウインドサーフィンとはあまり関係を持たないだろうと思われる人たちが、画面の前でレースが始まる前のプロモーション映像を見つめている。「おーすんげぇ、速いんだねー、浮くんだねー」など、いろんな声が聞こえてくる。僕はコンビニで買ったビニール傘をさしている。横殴りの雨に傘の存在意義を疑ったり、風に煽られて傘がおちょこになったりもしない。僕はただ普通に傘をさしている。させている。そんな中で男子と女子の(最終)第5レースが始まる。

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The Waiting Game

風は6〜12ノット(3〜6m/s)の軽風。雨で湿った風だから少し重みが増しているかもしれないけれど、やっぱり軽い。でももう驚かない。これだけの風があれば、ウインドフォイルは十分にフライトできるのだ。うん、今日は普通のライトウインドレースだな。改めてじっくりと観てみようという気分になる。

|| 速い選手の道具は動かない

そして改めて気づいたこと。速い選手の道具(ウインドフォイルシステム)は動かない。それはレース前半に行われるヒートとセミファイナル以降のヒートの、ドローンによる空撮映像を比べてみるとよくわかる。相対的に見て速くはない選手の道具はよく揺れるが、トップレーサーの道具は、直進時にもジャイブ時にも、びたっと安定している。いや速い選手の道具も微妙に揺れているように見えることはある。あくまでも微妙に。だが彼らはそれを膝をわずかに屈伸させるなどしてコントロールしきっている。加重抜重をアジャストするなどして、きちっと安定させている。あくまでも「などして」だ。そのほかにもいろいろなトリムをしていることは間違いない。まあいずれにしても、フォイルパワーのコントロールがすべてなんだなと僕は思う。

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Nicolas Goyard(F-465)Textbook Jive

彼らはあのバランスのシビアな乗り物を、まるで1本の細いレールの上をオートマチックに滑空していく乗り物のように見せる。まったく驚く。だってウインドフォイルは、前後・左右・上下に3Dで揺れる乗り物なのだ。それをあんなふうに簡単そうに見せるなんて! だが同時に彼らはあの道具の上で戦っているのだなとも思う。スピードが上がっていくほどに増大していくフォイルの揚力を感じながら、その揚力に耐え、抑えながら、懸命にボードを前へ前へと走らせているのだなと。

||「行くしかない!」と勝負を賭けたその時に

時にトップレーサーがなんでもない直線レグで撃沈したりもするのだが、それはそこで勝負を賭けたから、という場合が多い。───少し話がズレるけど、この日の第5レースのクォーターファイナルでもそのような「撃沈」があった。この大会に暫定ランキング2位で乗り込んできて、今日の最終日を大会暫定4位で迎えたマチェック・ルコースキーが、年間ランキングのトップを賭けたレースの直線レグで、いきなり吹っ飛んでしまったのだ。やっちまったと思った。あそこで勝負を賭けたのか? と不思議に思うところもあった。だが実際の原因はフォイルにビニール袋が引っかかった、ということだった。なんたる不運。ボートに運ばれて陸に戻ってきたルコースキーは怒り、何かを絶叫し、青ざめ、悲嘆にくれてPWAのコミッティールームに消えていった。そして結果的にはすれすれのところで(ポイント計算のルールによって)ワールドチャンピオンの座を奪取することに成功した。よかったね、おめでとう、マチェック。

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Maciek Rutkowski(POL-23)Tight Racing

───で、話は戻る。当たり前のことだが、トップレーサーは「ここぞ」というときにスピードを上げる。彼らは速いところからさらにばかっ速いところまで加速していくので、フォイルの揚力はぐんぐんぐんと上昇していく。抑えきれないかもしれない、でも行かなきゃ前のあいつを抜くことはできない、あるいは後ろの奴を抑え切ることはできない、行くしかない! その時にさらに加速できるかフォイルが浮き上がりすぎて撃沈するかは、乗り手のスキルやパワーや体重などにかかっている。だからとんでもないスピードが生まれることもあれば、衝撃的な「撃沈」が生じることもある。そこにいろんなドラマが生まれる。

|| エンリコ対ニコラス、美しきセメントマッチ

それからもうひとつ気づいた(感銘した)こと。セミファイナルくらいになると、ほとんどの選手がスタートをバッチリと決めてくる。有利なポジションを奪い合う選手もいれば、そこから少し離れてところに勝機を見出そうとする選手もいる。しかしいずれにしても、ほとんどみんながジャストに近いタイミングでスタートラインを切っていく。当たり前だ。自分を含めたシステムの全てを把握している。タイミングを逃すことなどあり得ない。といった感じで。

それから彼らは直線レグを走り(飛び)マークを回り、というのを繰り返していくわけだが、レベルの高い彼らのあいだにはなかなか差がついていかない。彼らはよく鍛え上げられたフリートが隊列を組むようにして前進していく。ジャイブマークでは、そのエントリーから出口まで、教科書に載せるためのシークエンスを何人かで実演するように動いていく。ボードの上に身体を立ち上げ、内傾し、セイルを開き、セイルを返し、足を入れ替え、リセイルへともっていく。それを何人かの選手が、等間隔に近い間隔で、順番に正確にこなしていく。そして再び次のレグへと隊列を組み直す。もちろん途中で誰かの「仕掛け」が入ってその隊列は崩れるわけだか、それまでの彼らはとてもきれいだ。計算され尽くした数学の公式が美しいカタチに落ち着くと言われるように、フォイルレーシングもまた突き詰めていくと美しくならざるを得ないのではないか、とそんな気がした。もちろん「その後」の彼らは激しくなる。そのコントラストもまたそれまでの美しさを際立たせる。

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Enrico Marotti(CRO-401)Nicolas Goyard(F-465)Duel

メンズ・ファイナルのエンリコ・マロッティーとニコラス・ゴヤード、暫定1位と2位、わずか0.7ポイント差の一騎打ちも美しかった。風下のベストポジションからジャストスタートを切ったエンリコをニコラスが至近距離で追走する展開。ジャイブマークに入ると、ニコラスがインサイドを突き、風上から猛パンピングでエンリコを抜きにかかる。だが抜けない。エンリコのジャイブからの立ち上がりは滅法早く、二人は並走するまでに近ずくことはあれど、エンリコがニコラスが前に出ることを許さない。

第1マークから第4マークまで、まるで判で押したように同じようなことが、同じようなカタチで繰り返される。ニコラスがプレッシャーをかけ続け、エンリコがそれに耐え続ける。そして最後の直線レグ。フィニッシュラインの幅を二人がどのように利用して、どのようなコース取りをしてくるか? エンリコがわずかにブロックするような動きを見せたような気がするが、二人はそのままフィニッシュした。どこにもミスのない美しきセメントマッチ。強敵ニコラスによる外圧から解放されたエンリコはガッツポーズ。それはPWAデビューから11年目、クロアチアの31歳が初めてツアー大会を制した瞬間だった。

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Enrico Marotti(CRO-401)On Top

|| 新嶋莉奈、世界に伍して戦う

女子では日本の新嶋莉奈が2度目のファイナル進出を果たし、このレースを6位、総合9位で大会を終えた。新嶋がすごいのは、スタートを決められるところだ。今大会、多くの日本選手が不利なポジションから遅れてスタートしていたのだが、新嶋はスタートでいいポジションを取り合って、いいタイミングでスタートしていた。トップレーサーが狙ってくるそこへは、なかなかいけるものではないのだが、新嶋には臆するところがなく、堂々と勝負することができていたと思う。確かな技術と経験、自信と度胸がなければできないことだ。新嶋にはそれがある。

攻めるだけではない。引くべきところも冷静に的確に判断できる。こうすればこうなると、レース展開と自分の走りを正確に把握することができる。まるで一流のマラソンランナーが、自分のペースを自在にコントロールして、最後に目的を果たすみたいに。

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Rina Niijima(JPN-4)Fight The World

印象に残るレースがある。セミファイナル。新嶋はいつものようにいいスタートを切り、やがて3位のポジションをキープすると、そのままフィニッシュしてファイナルに駒を進めた。シンプルなレース展開だが、やっぱりなかなかできることではない。後ろには最終的にこの大会を4位で終えたヘレ・オッペダルと、最終的にこの大会に優勝して年間チャンプの座を勝ち取ったマリオン・モーテフォンがいた。新嶋は彼女らを振り切った。というより、必死になって追ってくる彼女らに接近することを許さなかった。つまり世界のトップレーサーに対して、艇速でも引けを取らなかったということだ。

「いつも『(次期五輪正式艇でワンデザインの)iQFOiL』で、どんな風でも8.0㎡のセイルで耐えながら乗っているから(自分自身の)適応風域が広いとは思います。スタートやマーキングのテクニックにもある程度の自信はあります。いえ実は、この前のiQFOiLの世界選手権(10月、フランス)でスタートが課題だと思ったんです。だからコーチとともに重点的に練習を重ねました。それが良かったのかなと思います」レース後に「強みは何か?」と訊くと、彼女はそう答えてくれた。

新嶋は、他の多くの選手がそうするように、スタート前にスタート準備エリアを走りまわることはしない。自分が決めたある地点でスタートを待ち、自分が判断したあるタイミングでスタートラインに向けて走り出す。微風から強風まで、その時、そこから出れば、スタートラインまで何秒で到達できるかを把握している。だから思い切り加速して、フルパワーで、ほぼジャストのスタートを決められる。そのうえ世界クラスの艇速があり、マーキングでミスすることもほとんどない。彼女のフォイルレーサーとしての適性レベルは半端ではない。少なくとも今大会の日本選手の中では図抜けた存在だったと思う。いや、違うな。訂正。彼女は確実に総合的に世界に通用するレベルにあると思う。

|| ウインドサーフィンの未来がここにある

第4回『ANAウインドサーフィンワールドカップ横須賀・三浦大会』が終わった。考えてみれば大会期間中の5日間、毎日レースが行われたことになる。ウインドサーフィンがフォイルというものすごい道具を手に入れたことに、PWAも喜んでいるに違いない。今大会において、フォイルは「限界微風」のラインを引き下げ「限界強風」のラインを引き上げた。そしてウインドフォイルがぼぼ全ての風域をカバーできる乗り物であることを証明した。これでスラローム競技のキャンセルは(たぶん)なくなる。世界各地でW杯を成立させることが可能になる。そのすごさを世界の多くの人に知ってもらえることは、ウインドサーフィン愛好者・関係者にとっても誇らしく喜ばしいことであり、ただただ嬉しく思うばかりだ。

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Antoine Albeau(FRA-192)Takes a Pokemon for Goodluck

思えばこの大会はフォイルとともに成長してきた。2017年にはエキジビション競技を行うことでフォイルの可能性を示した。そして『フォイル』は2018年には男子の、2019年には女子の正式種目となり、この大会はそのポテンシャルとエンターテイメント性の高さを日本と世界に発信した。では2022年、今度の大会はどうだったか? 進化したフォイルの今と、さらに進化していくだろうフォイルの未来を(驚きと期待とともに)広く伝える大会になったと思う。

この数年のあいだに、フォイルはとんでもない高速性を身につけた。加速力、トップスピード、アベレージスピード、全部が格段に向上した。それにより適応風域が広がり、セイリングアングルもワイドになった。だからこそ今回のような風待ち日のない、ドラマに溢れた大会が実現した。

だがその高速性を体感しているレーサーたちは、ウインドフォイルのシステム全体に対して、次の要請をしないわけにはいかない。「もうワンレベル、コントロール性を高めてほしい」と。「今でも十分操作がしやすいからこそ、これだけのスピードで走れているのだけれど、さらに扱いやすくしてくれないと、これ以上のスピードを出すのは難しい。だからお願い‥‥」それはレーサーにとってもギア・メーカーにしても、この世界に生き残るための重大な問題になる。

唐突だけれど、漁業が盛んなあるエリアでは、漁師が仕掛ける網から逃れるために、ある魚がその身体を急速に小さく進化させた、という話がある。フォイルも同じように急速に進化するのではないか。そしてその進化は僕らにとっても嬉しいかたちとなってフィードバックされるのではないか。そんな期待が膨らんでくる。

この大会はシンプルなスピード競技であるからこそエキサイティングな、スラローム競技の世界最高舞台のひとつである。同時に常に世界最速を競うトップレーサーたちによる、最先端の実戦型「万国ウインドフォイル博覧会」としても機能している。そこにはいつも驚きがあり、希望があり、イメージ喚起力があり、夢がある。最後を現在形にしているのは、来年もまたここで、という思いが強いからです。

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Fly! ANA Windsurfing World Cup YOKOSUKA MIURA Japan 2022 Top 3 / Men 1st=Enrico Marotti(CRO-401)2nd=Nicolas Goyard(F-465)3rd=Matteo Iachino(I-140)/ Women 1st=Marion Mortefon(FRA-118)2nd=Justine Lemeteyer(F-171)3rd=Delphine Cousin Questel(FRA-775)
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PWA World Tour Slalom Ranking 2022 Top 3 / Men 1st=Maciek Rutkowski(POL-23/C)2nd=Matteo Iachino(ITA-140/L)3rd=Enrico Marotti(CRO-401/R)/ Women 1st=Marion Mortefon(FRA-118/R)2nd=Justine Lemeteyer(F-171/C)3rd=Delphine Cousin Questel(FRA-775/L)

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