Mercedes-Benz Windsurf World Cup Sylt 2022
Wave Men & Women / Slalom Men / Freestyle Men / September 24 – October 03 / Westerlund, Sylt, Germany / Photo by John Carter_pwaworldtour.com
(9月24日~10月3日、ドイツ・シルト島・ウェスターランド)
|| PWA フリースタイル最終決戦、0.1ポイント差のスーパー・ファイナル
フリースタイルで前代未聞の大接戦があった。
10月2日、大会9日目。先のシングル・イリミネーション(大会3日目に行われた最初のトーナメント)で暫定1位の座についていたエイドリアン・ボッソン(F-296 / 31歳)は、この日に行われたダブル・イリミネーション(敗者復活戦を含む最終トーナメント)を勝ち上がってきたヤコポ・テスタ(ITA-261/ 30歳)を迎え撃ち、グランド・ファイナルを闘った。そして負けた。
ここまでは珍しい話ではない。それまでの長い時間を、ただ相手を待つことだけに費やしていたボッソンは、エンジンがかかりきらなかったのかもしれない。よくあることだ。そしてこういう場合、暫定王者に完全に火がつくのはここからで、挑戦者はそれまでの勢いをそのままに、たとえいくら疲れていたとしても、その勢いを減衰させることなく次の(最後の)ヒートを戦い切らなければ、勝利を得るのは難しくなる。
え、どういうこと? と思われる方もいるかもしれないので、ここでひとつルールについて説明しておく『ダブル・イリミネーション』とは、2回負けた時点で敗退が決まるトーナメント方式のことだ。つまり一度の負けは許される。今回の場合、ボッソンは無敗でシングル・イリミネーションに優勝し、テスタはダブル・イリミネーションの前のシングル・イリミネーションで既に一敗を喫している。その二人がグランド・ファイナルを戦いテスタが勝利を収めたことで、二人は一敗同士でトップに並んだわけだ。そこで最終的に優勝を決めるヒートが必要になってくる。
で、迎えたスーパー・ファイナル。二人の2度目の戦いが始まる。風はほぼストレートなオンショアで、海面には不規則なうねりがあった。多くの場合フラット海面で行われるフリースタイルには似つかわしくないコンディションだ。二人はそれでも高度な技を出し続けた。その完成度の高さは、技の難度を低く見せもした。ライブ中継の画面に映し出される採点表の点数はそのたびに変化はしたものの、ほとんどポイント差は生じなかった。
10分のヒートはあっという間に終わった。最終結果、102.5:102.4。勝者ボッソン。その差はわずか0.1ポイント! 優勝したボッソンは──フリースタイル種目では、今季初戦にして最終戦となる今大会を制したことで──同時に2022年のPWAフリースタイル・ワールド・チャンピオンの座を獲得した。
ヒートの結果を知ったテスタは笑顔でボッソンと抱き合った。テスタは数週間前には膝の負傷により松葉杖をついていたらしいのだが、それでもここまでできたことに、このような試合の当事者となれたことに、相応の満足を得たのかもしれない。あるいは、わかっていたのかもしれない。スタボーでの演技は完璧に近かったが(45.5ポイント)ポートでのそれ(26.9ポイント)はテスタにしてみれば不十分であったことを。
|| 杉匠真、フリースタイルで世界のシングルランカーに
このフリースタイルには日本の杉匠真(J-7 / 20歳)も出場した。(先の記事で杉は怪我を負ったかもしれないと書いたが、杞憂だった。彼はぴんぴんしていた)杉はダブル・イリミネーションの第1・第2ラウンドでオランダのボーディー・ケンペンとフランスのアントワン・マーチンに完勝。続く第3ラウンドでベルギーのディーター・ヴァン・ダー・アイケンに惜敗したが、最終的に9位タイの結果を残した。前にも書いたが、今季のフリースタイルの試合はこの一戦のみだから、年間ランキングも9位タイだ。杉は杉以前の日本の選手がなかなか勝てなかったフリースタイルのヒートで2回勝ち、しかもワールドツアーのシングルランカーになったのだ。たいしたものだ。日本のウインドの歴史書に書き加えておくべきことだと思う。
杉は常々言っている。フリースタイルに取り組むことがウェイブにも好影響をもたらす、と。その理由は色々あるのだろうが、たぶん次のようなこともそのひとつだろうと思われる。フリースタイルに真剣に取り組むことで、スタボー・ポートの得手不得手がなくなる。波が小さくてもダイナミックな動きが可能になる。フリースタイルの複雑な動きを身につけることで、ウェイブの動きに余裕が生まれる。波がないからと海でのトレーニングを諦めることがなくなる。だからどんどん上手くなり、強くなれる。
こう書くことは簡単で「それはまあそうだろう」と感じる人も多いと思うが、それを実践できている選手は世界にも少ない。その少ない例としてヴァン・ダー・アイケンやアンソニー・ルーエンスらの名を挙げることができるが、杉はその中でもトップクラスの選手に成長している。だから本当にたいしたものなのだ。しかも杉は若い。ノー・リミット、限界知らずの20歳である。
|| PWAウェイブ世界ランキング:杉匠真10位/石井孝良16位
同日、フリースタイル競技の終了後には、大会3日目から持ち越しになっていたウェイブのダブル・イリミネーションが行われることになっていた。午後4時過ぎにはその最初のヒート(ラウンド2 / ヒート24)がスタートし、そこには石井孝良(J-20 / 21歳)が出場していた。だが無念、ヒートは10分後にキャンセルになってしまった。
そのヒートがキャンセルになるまで、石井はドイツのベテラン、クラース・ヴォーゲットからリードを奪っていた。沖で掘れる波のない中に何とか飛べるカタパルトを探し出し、プレーニング・フォワードをメイクした。ブレイクするまでの時間がきわめて短いショアブレイクにテイクオフ、フロントで一発、さらにそのままバックサイドにつないでもう一発、厚いリップを続けざまにヒットするウェイブライディングも披露した。流れは石井にあった。沖では25ノット前後の風も吹いていた。しかしインサイドの風が弱すぎて、しかも風向があまりにもストレート・オンショアで、技をメイクしにくい状況にあるからと、ジャッジは試合続行は適当ではない、と判断を下した。
これで試合終了。10日目(大会最終日)も風は吹かず、既にダブル・イリミネーションの第3ラウンドへの進出を決めていた杉にも次の出番は回ってこなかった。ウェイブのリザルトには、3日目のシングル・イリミネーションのそれが流用され、各選手の順位が確定、同時に今季全3戦のトータルポイントにより、2022年の年間ランキングも発表された(別表参照)。
▶︎杉匠真=今大会9位タイ、年間ランキング10位/▶︎石井孝良=今大会17位タイ、年間ランキング16位
よくやった。よくやってくれた。こんな上位に日本選手の名前があるなんて、それもふたつもあるなんて、ちょっと前までは想像もできないことだった。僕は二人を見るたびに野茂英雄や八村塁や久保建英や大谷翔平を思った。日本のウインド界にもそういう選手が出てきたのだと嬉しくなった。夢の世界が身近になった。ワールドカップを見るのが楽しかった。
二人がこの結果についてどう思っているのかは聞いていない。でもきっと満足などしていない。もっと上にいけると思っているに違いない。その手応えは掴んでいると思う。今季何人かの大物を喰らった経験や、何人かの大物に喰われた悔しさは、そこでしか摂取できない特別な滋養となり、二人の血肉になっているはずだ。
いま二人の脳内にあるウインドデータベースは、おそらく世界最高レベルにある。それを二人が有する若さと才能をもって有効活用できたなら‥‥期待は膨らむばかりである。
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