可能性を拡げる5人───杉匠真 / 石井孝良 / 石井颯太 / 橋本陸汰 / 野口颯───日本ウェイバーズ世界と戦う_❸ 石井颯太 編

Gran Canaria PWA Windsurfing World Cup 2022
Wave Men & Women / July 09-17 / Gran Canaria Pozo Izquierdo
Photo by John Carter_pwaworldtour.com

ウインドサーフィン・マガジン
Hayata Ishii(J-27)/ Gran Canaria PWA Windsurfing World Cup 2022

(7月9日~7月17日、スペイン・グランカナリア島・ポッゾ)

|| ドライブする17歳

▶︎17歳にして既に華々しい戦歴をもっている。石井颯太(ハヤタ)は、2019年、14歳でPWAツアーに初参戦、デビュー戦の『ポッゾ大会』U-15クラスでいきなり優勝。さらに続く『テネリフェ大会』同クラスでも優勝、連覇を果たし、同年同クラスのワールドチャンピオンになっている。そしてその後も好成績を連発、周囲を驚かせ続けている。

僕が初めてこの目でハヤタ(「君」は省略させていただきます。ご了承ください)のライディングを見たのは、今年3月に行われた『IWT 御前崎ジャパンカップ』でのことだった。それはもう驚いた。ど肝を抜かれた。ハヤタは御前崎の癖のある波のフェイスに、他の誰とも似ていない、ハヤタのラインを描いていたのだ。

長くなるので簡単に言えば、ハヤタのラインはよく褒め言葉として使われる「鋭角なライン」というのではない。常に美しいRをキープしており、その半径が短い。つまり円ではなく、細長いUの字に近いラインをつなげるようにダウン・ザ・ラインしていく。普通そういうターンをしようとすれば、ボトムターンがテイルターンになりがちで、相応の減速を免れないものなのだが、ハヤタのターンはそうはならない。ハヤタは波にレイルを咬ませたままでそのターンをメイクしてしまうのだ。ゆえに彼のダウン・ザ・ラインは常にぶんぶん音がするようなドライブ感に満ちている。

天才か? 僕はそのとき御前崎の会場で、ハヤタのお父さんである久孝氏にそう聞いた。「いやああ見えて、実は案外慎重派なんです。コツコツ努力するタイプです」その答えを聞いて僕の頭の中には「努力する天才」という言葉が浮かんだ。逸材であることは間違いない、と思った。

だから今大会も楽しみにしていた。今のハヤタがどこまで世界に通用するのか、それを確かめておきたいと思っていた。ところが───

|| 石井颯太『PWA U-20クラス』3位表彰台に立つ

大会4日目のプロクラス1回戦に登場したハヤタは、対戦相手のアレッシオ・スティルリッチにあっさりやられた。ポイント17.00:12.26。ジャンプでもウェイブライディングでも差をつけられての完敗だった。ハヤタはいつものハヤタではなかった。

仕方ない、のかもしれない。ハヤタにとってはこれが初めてのW杯・プロクラスでのヒートだったのだ。緊張で身体が動かなかったのかもしれない。あるいは初めてのメインステージで自分がどういう演技をするべきか、考えすぎてしまったのかもしれない。それに相手のスティルリッチは大会会場であるポッゾをホームゲレンデにしている強敵だった(最終的に彼は9位タイで大会を終えている)。ただ何とも残念だったのは、この日の海に波がなく、ハヤタ本来のウェイブライディングが見られなかったことだ。しかし、これで終わったわけではない。

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Hayata Ishii(J-27)U-20, Push Loop

ハヤタは大会6日目と7日目に行われた『U-20クラス』のヒートで蘇った。プレーニングフォワード、バックループ、フロントサイド・バックサイドでのリッピング、さらにはリッピングからのフォワードループなど、様々な技をメイクしてヒートをカラフルに構成した。風も弱めで波も小さく、難しいコンディションであったにもかかわらず、ハヤタの動きは軽やかで敏捷でしなやかだった。このクラスにハヤタの敵はいなかったといっていい。ただ一人、リアム・ダンカベックを除いては。

リアムは現在18歳(ハヤタよりひとつ上)。42のワールドタイトルを持つ男『百年王者』ビヨン・ダンカベックの子で、ポッゾをホームゲレンデにしている。正真正銘のウインド界のサラブレッドだ。しかし、昨年この海で行われた『U-20・ワールドカップ』では、優勝した杉匠真に次ぐ2位で大会を終えている。だから今年こそ、と気合いが入っていたのは明らかだった。ジャンプでもウェイブライドでも他を圧倒する演技を見せていた。この日の海を支配していた。ハヤタもそのことはわかっていたと思う。相手はリアムしかいない、と思っていたはずだ。

二人はセミファイナルで激突した。ハヤタがアウトへ向かう。プッシュループ、成功。さらにインサイドへ戻りつつ、波を掴んでバックサイド、フロントサイド、バックサイドで計4発、派手にリップを蹴り飛ばす。高さのあるバッループも決めた。リップフォワードにもトライした。だがリアムには及ばず、ここで敗れた。

リアムのどこがすごかったか? スピードだ。ハヤタとともに最初に沖へ出ていくときにそう感じた。プレーニングに入ったときにリアムのセイルは動かない。これによりボードをきっちりリフトさせ、海面のデコボコを拾いにくい状態を完成させる。だから速い。リアムは道具を制御して、システムの一部になっているようだった。「スラローム・キング」「スピード・キング」とも呼ばれる彼の父、ビヨンの走りを彷彿させるそのスピードが、リアムのウェイブ・パフォーマンス全体のレベルを引き上げているように見えた。

バックループ、ワンフットバックループ、ストールフォワードなどのジャンプも、フロントサイド・バックサイドで波を刻み、リップフォワード、タカ、シャカなどへとつなげていくウェイブライディングも、リアムの動きにはそれぞれにキレがあり、高さがあり、深さがあり、流れがあった。バリエーション豊富な技のそれぞれがダイナミックで、セイリング全体がタフだった。

だが心配はいらない(と思う)。去年のリアムは今年ほどタフではなかった。そして来年のハヤタは今年よりもタフになるはずだから。もっと率直に言えば、今年のリアムには既に青年のフィジカルがあり、ハヤタのフィジカルにはまだ少年の部分が残っていた。今回の二人の勝敗を分けた一番の要因はそこにあったのではないか、と僕は思う。だとすれば、来年以降の二人の力関係は変わってくる。この年代における1年という時間は人を著しく成長させるものである。二人がともにウインドサーファーとしてタフな青年になったとき、どんなウェイブパフォーマンスを見せてくれるのか、どんなバトルを展開してくれるのか、僕は楽しみにしている。さらに加えて平たく言えば、ハヤタがU-20クラスのワールドチャンピオンになるのは、時間の問題だとも思っている。

おっと、忘れてはいけない。ハヤタはセミファイナルでリアムに敗れたあとの3位決定戦に勝利して表彰台の一角をゲットした。セミファイナルの相手がリアムでなければ、2位になる可能性も多分にあった。まあそれはいいとして、とにかくPWA・U-20クラス3位である。立派なものだ。でも「おめでとう」は言わないでおく。多分悔しかっただろうから。それに今大会でのハヤタのハイライトは、このあとにあったわけだから。

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U-20 Podium / 4th=Nick Spangenberg(GER)/ 3rd=Hayata Ishii(JPN)/ 1st=Liam Dunkerbeck(ESP)/ 2nd=Titouan Flechet(FRA)

||「努力する天才」の未来は明るい

大会8日目。プロクラスのダブルイリミネーション(敗者復活戦+グランドファイナル)が始まる。シングルイリミネーション(最初のトーナメント)の1回戦で敗れていたハヤタは、トーナメント表の最下部から再び戦いを始めることになる。

その1回戦の相手はフランスの若手のジュリアン・フレシェだったが、はっきり言って相手ではなかった。ハヤタはプッシュループ、大きめバックループを決めて早々にリードを奪い、そのままヒートをモノにした。PWAプロクラス初勝利。ポイントは12:86対6.00。立ち上がりから相手を押し切る電車道的圧勝である。

ハヤタは明らかに変化していた。何かが吹っ切れたような様子だった。相手のことなどかまわずに、勝ちたい気持ちを全面に出した積極的なライディングは、本来のハヤタのそれだったと思う。さあこれで晴れてワールドカッパーの仲間入りだ。この1勝でさらに何かが変わることを祈る。締まっていこう。

翌9日目、大会最終日。ダブルイリミネーション2回戦。今度の相手はドイツの若手ラウリン・シュマッス。波は小さいが風は結構吹いている。そのため海面はぐしゃぐしゃになっている。これだけチョッピーだとウェイブライディングでの得点は稼ぎにくい。だからハヤタはまた飛んだ。プッシュループ、そして今度はストールフォワード。これで決まりだ。相手のジャンプの得点は伸びなかった。難しい海面に手こずって満足に飛べなかったみたいだ。そのようなコンディションでも、ウェイブライディングが制限を受ける中でも、ハヤタは勝った。コンペティターとしての懐が広がったということになると思う。今後の自信につながるだろう勝利だ。

そして3回戦。ベルギーのディーター・ヴァン・ダー・アイケンとのヒートでハヤタの大会は終わった。ハヤタはこのヒートでもビッグストールフォワードを飛び、ダブルフォワードを仕掛け、他のジャンプも飛んだのだが、ほとんど着水に失敗した。ただアウトにプレーニングしているときに沈する場面もあった。

おそらく電池切れだったのだ。ジャンプの着水時には、乗り手に大きな負荷がかかる。突然ボードに急ブレーキがかかることで、それまでセイルに流れていた風の流れが止まり、ズドンと一気にセイルに風が当たって、その重みが激増する。たぶんハヤタはそれに耐えることができなかった。疲労がある限界を超えていた。100球を投げたあとで突然球威を失う投手のように、おそらく握力も落ちていた。

石井颯太・PWAプロクラスデビュー戦:17位タイ。

最下位からの逆襲は見事だった。今大会の期間中に、たった9日間のあいだに、世界最高峰の舞台を経験し、落胆し、爆発し、進化を遂げたその変貌ぶりにも驚いた。やったね。十分誇れる順位だと思う。ただもし今のハヤタに問題があるとすれば、やはりウインドサーファーとしてのフィジカル───パワー云々ではなく、自然と道具との親和性を高めるための身体的統合力───がまだ十分に整っていないことだろうという気がする。でも(くどいようだが)心配はいらない。ハヤタは体力の衰えを止められないベテランではない。黙っていてもまだまだ成長し続ける17歳の新人なのだ。それにおそらく「努力する天才」でもあるのだから。

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Hayata Ishii(J-27)Action

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