Lüderitz Speed Challenge 2021
The Ditch, Lüderitz, Namibia / October 18-November 28
百年王者 “オーバー100km/h & 100m” を達成
9× ワールドスラロームチャンピオン、全部で42のワールドタイトルを持つ男。「百年王者」ビヨン・ダンカベックが時速100キロの壁を突破、ウインドサーフィンによる世界瞬間最速『103.67 km/h(55.98 knots)』の記録をマークした。
時速100キロ。高速道路で車をそこまで加速させようとすれば、それなりにアクセルを踏み込んで、エンジンやモーターの回転数を上げなければならない。そのときドライバーは動力源のパワーを感じ、車体への風圧を感じ、視界の景色が流れるスピードの違いを感じて緊張感を高めることになる。
ウインドサーフィンにエンジンはない。乗り手を守る箱もなければ風防もない。生身の人間がただ細い板の上でセイルを支えて、風の力だけを頼りに海の上を滑走する。それで103.67キロ! 普段GPSスピード計で自分の艇速を測っている人ならぼんやり想像することはできるだろう。だがその世界がどんなところなのかはビヨンにしかわからない。僕らはただとんでもない世界だ、と驚くしかない。
記録はナミビアの南西部、大西洋に面した港町リューデリッツで生まれた。正確にはその町の砂漠地帯に作られた人造水路で達成された。「The Ditch」と呼ばれるその水路は、大西洋から砂漠を抜けてくる風に対してアビームからクォーターの角度に、つまりはウインドサーフィンが最もスピードのでるアングルに設えられており、現在のところこの場所以上にスピードトライアルに適したポイントはないとされている。
9月から11月にかけての最も気温が高くなる季節、この場所には想像を超えるレベルで吠えるような海風が吹き付ける。それでも水路の水面は波立たない。海からの冷たい風が砂漠上の熱い空気を押し上げるように流れるからかもしれない。とにかくどんなに吹いても「サーフェイスはフラットで(スピード競技には)最高の場所である」とビヨンも述べている。
ビヨンが所属するレッドブルチームの広報資料によれば───ビヨンはこの大会に6年連続で出場している。2015年にビヨンの次の時代のスラロームキングとなったアントワン・アルボー(フランス)が、同じリューデリッツのスピードコースで98.66 km/h(53.27 knots)の世界最速記録を樹立した翌年からだ。もちろん世界記録更新を狙ってのことであり、それは同時にビヨンの中に、どうせなら100km/h超えの記録で、という別のモチベーションももたらした。
|| “オーバー100km/h & 500m” へのマイルストーン
2021年11月18日、木曜日。6年目の挑戦を続けていたビヨンにその日が来た。風は40ノットを超えていた。いや、この日は45ノット(22.5m/s)を超える時間もあった。チャンスだ。
ビヨンは幅40cmのスピードボード(AV Board 社製)に19cmのフィン、5.5㎡の『セバーン・マッハ4・リューデリッツ・スピード・チャレンジ・リミテッド』のセイルでコースに出た。アビームのアプローチからクォーターへとカーブを切ってフル加速、スタートラインを越えるとさらに加速、ほどなく艇速は100キロを超え、103.67キロのトップスピードに達し、その状態を2秒以上キープして、約100mの水域で平均速度101キロをキープした。
「すべてが噛み合った感じだった」ビヨンは言った。そうだろう。そうでなければ、そんなスピードを出せるわけがない。時速103.67キロといえば、秒速28.79メーターである。ビヨンは秒速22.5メーターの強風下で、その風よりもさらに(1秒で6m以上の差をつけるほど)速く走ってみせたのだ。
これも広報資料によるのだが───ビヨンがそのキャリアに初めて残したスピード記録は1992年の80.1 km/h(43.3 knots / 場所は不明。おそらくスペイン最南端のタリファではないかと推測されるが未確認)である。今回の記録は103.67 km/hだから、29年で23.6 km/h のスピードアップに成功したということになる。
その間にウインドギアとスピード計測機は格段の進化を遂げた。「最高の場所」も発見された。そしてビヨンは52歳になったわけだが、それでも(というか、それがどうしたという感じで)世界最高のフィールドで「あとコンマ1秒」を縮めることに挑戦し、記録を更新することに成功した。ビヨンはウインドサーフィンが、条件によっては「加齢とパフォーマンスレベルの常識を大きく覆すスポーツである」ということを、そして彼自身がやっぱり「百年王者」と呼ばれるにふさわしいウインドサーファーであることをきっぱりと証明してみせたのだ。
しかし・・・ビヨンは、おそらくひとつも満足などしていない。なぜならビヨンは今大会で優勝できたわけでもないし、今大会での瞬間最高速もWSSRC(World Sailing Speed Record Council)が管理するワールド・レコード・リストには載らないからだ。
【リューデリッツ・スピード・チャレンジ 2021/ファイナル・リザルト】▶︎1位=ハンス・クライセル(NED-85)97.57km/h|2位=トワン・ヴァースプット(NED-127)96.23km/h|3位=ビヨン・ダンカベック(E-11)96.07km/h
ビヨンの今大会での公式記録は時速96.07キロで、結果は3位だった。理由は瞬間最高速とは関係なく「正式なスピード記録は500mの計測区間における平均速度でなくてはならない」というのが競技規則であり、それがそのままWSSRCのルールでもあるからだ。故に世界スピードランキングでもトップは未だアントワンのままである。
瞬間最高速を記録したランでもビヨンのそれは完璧ではなかった。当然彼にしてみれば、彼のレベルでいえばということになるのだが、途中でセイルが開いてノーズが上がり、テイルから余計なスプレーが上がる場面が何度かあった。彼にしてみれば、それは大きな失速だったのではあるまいか。
ルールの中では瞬間最高速は中間記録でしかない。それは誰より速くフィニッシュラインを切るためのプロセスの一部であり、メインターゲットにはならない。100m走のランナーに中間最速だけを目指すランナーがいないのと同様に。
広報資料は最後の一文を次のように記している───ビヨンは52歳という年齢でありながらとても興奮しており、次こそは“オーバー100km/h & 500m”を達成しようと燃えている。You wouldn’t bet against him doing it. あなたはそれを怪しいものだと思うかもしれないけれど・・・おそらくビヨンはこう思っているのだと推測する。「まあ見てろよ」と。
▼Windsurfing at Over 100 km/h | Bjorn Dunkerbeck at the 2021 Luderitz Speed Challenge
https://www.youtube.com/watch?v=jt3DQNUJXkc
SurferToday|Drone Footage=Alex Meindl / POV Footage=Björn Dunkerbeck
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