東京 2020 オリンピック

+1、江の島沖の東京五輪で

2020 Tokyo Olympic Windsurfing Racing Site, Enoshima, Kanagawa / ⒸTetsuya Satomura
2020 Tokyo Olympic Windsurfing Racing Site, Enoshima, Kanagawa / ⒸTetsuya Satomura

東京五輪の延期が決まったのは昨年3月24日のことであり、「2021年7月23日開幕」が発表されたのは同30日のことだった。

1896年ギリシャ・アテネ大会に始まった近代オリンピックには、これまで戦争を理由とした中止の例が夏冬合わせて5度あるのだが、延期になったことは1度もなかった。過去の例にとらわれないその決断は、4年に1度の大祭に合わせて最大限の努力を重ねていただろうアスリートたちを、そのときひとまず安心させたに違いない。

だが選手らにとってそれからの1年はきわめて長く重かったことだろう。限界ぎりぎりのトレーニングをそのまま継続させれば、精神的肉体的破綻が生じるリスクが高まるし、かといってオリンピック用に張り詰めていたテンションを一度完全に緩めてしまえば、再びそれを最高レベルに引き上げるのも難しい。あるべき試合はなくなり、思ったような練習をするのも困難になり、彼らは多くのことが不透明ななかで今できることをやるしかない状況にあった。オリンピック大会を延期・開催するのと同様に、オリンピアンが自らをリセットし、今の自分にサムシングを求め続けていくのも大変な難事業であったに違いない。

そんな特別な五輪がもうすぐ始まる。開幕までの条件が誰にも平等というわけではないが(それはいつだってそうなのだが)延期になったオリンピックを戦うのは、誰にとっても初めてのことだ。ここまでくればそう割り切って、様々な思いを強制的に整理してしまうのがいいのかもしれない。

「新型コロナウイルスのパンデミックの収束を象徴する」はずの大会は様々な制限を伴う「ウィズコロナ」で行われることになったわけだが、ここまで戦い続けてきた選手らには、それぞれのフィールドでこれまでに溜め込んできたものを、蓄えてきたものを、思い切り解放してほしいと切に思う。
 
 
|| 富澤 慎、須長由季、ホームで自分史上最高の走りを

ある意味歴史的な大会になるだろう今回の東京五輪に、日本から二人のウインドサーファーが出場する。セーリング競技『RSX級』の富澤慎と須長由季だ。二人が慣れ親しんだ江の島沖を世界の強豪たちと走ることになる。

「メダルを目指して」と言うのは簡単かもしれない。でも二人はこちらが求めない限り、そのような言葉は口にしない。世界が二人をメダル候補とは見ていないことを知っているからかもしれない。

だが、絶対にメダルに手が届かないというわけではない。

昨年3月11日、大会延期が決まる前、富澤選手に話を聞いて僕はそう感じた。スケジュールの都合で同じ時期に須長選手の声を聞くことはできなかったが、一昨年の春、彼女に話を聞いたときにもそう思った。

Makoto Tomizawa / ⒸOfficial International RS:X Class Association
Makoto Tomizawa / ⒸOfficial International RS:X Class Association

富澤は2008年の北京大会から(北京10位、ロンドン28位、リオ15位)4大会連続。須長は2012年ロンドン大会(21位)以来2度目のオリンピックとなる。

二人はこれまで何年にもわたり、1年のうちの3分の1以上を海外で過ごしてきた。そこで強化に強化を重ね、富澤は世界のトップにマークされる存在になり、須長は世界と伍して戦える艇速を手に入れた。そしてなにより、世界のトップレーサーたちとの本当の真剣勝負を数多く経験し、そうすることでしか自覚できない弱点を埋めることにも成功した。

つまり二人は、特別な場所でしか得られない何かをいくつも吸収することで、世界レベルのRSX乗りとなり、その総合力を着実に確実に高めてきたということだ。「オリンピックの借りはオリンピックでしか返せない」とよく言われるが、二人は様々な困難を乗り越えてそのミッションを果たす機会を勝ち取ったのだ。

何かが起こるかもしれない。起こしてくれるかもしれない。

そんな思いをもって二人にエールを送り続けていただければと思う。二人が東京五輪で江の島沖を走り切るまで。

Yuki Sunaga
Yuki Sunaga

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※本記事は『Windsurfing Magazine Vol.8(2020年4月30日発売号)』より抜粋、ウェブ用に再編集したものです。

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▶︎須長由季 2度目の五輪へ(2020.12.15)
▶︎須長由季 東京五輪 スタートラインに立つために(2020.08.07)
▶︎富澤 慎 4度目のオリンピックへ(2019.10.03)