トップライダーの言葉_06 / ジョッシュ・アングロ

芯のあるリラックスとは

CV-1=ジョッシュ・アングロのセイルナンバー。CVは、西アフリカ、セネガルの沖650kmのエリアに浮かぶ、10以上の小島から成る共和国、カーボベルデの国名コードだ。ジョッシュは99年からその島をベースに活動を続けてる。当初はいろいろと荒れていた。ウインド、金、酒、パーティ、そして・・・いろいろなものに溺れる生活を続けていた。だがその島で奥さんと出会い、子供をもうけ、いい波に乗り続けているうちに、徐々にクリーンな自分を取り戻していった。2005年当時、彼はこう言っている。

「贅沢なもんだ。僕は一年の半分をカーボベルデで過ごし、二ヶ月マウイで生活する。あとの四ヶ月は旅だ。一年で数年分の素晴らしい体験ができる。特にこの島で過ごす半年間は最高だ。混雑することのない目の前の海に、ノースのベストシーズンが半年続くようなもんだからね」

All Photo by pwaworldtour.com_John Carter Photography
All Photo by pwaworldtour.com_John Carter Photography

ジョッシュはその島でリハビリを兼ねたトレーニングを続けることで、自分を取り戻し、彼ならではの力の抜けたスタイルを作り上げた。そして2003年、初めて世界タイトルを獲得した。
高いスキルと勇気と驚きとパワーと脱力。それらすべてをコンディションによってバランスさせるジョッシュの稀代のウインド力は、カーボベルデで磨かれたものなのだ。
彼が「裏庭」呼ぶポイントが、サル島(Sal)の南にある。
ポンタプレタ(Pontapreta)という名のその海は、世界の大波の終着地のひとつであり、中でも危険な波の立つ場所とされている。

「どんなスポーツにもリスクはあるけど、この場所でビッグウェイブに乗るときのリスクは、その最高レベルのものといっていい。リーフにヒットし、盛り上がった波のパワーは半端じゃない。巻いた8フィートの波に、まともに板を当て込めば、30フィートは飛ばされる。そのときリーフに叩き付けられれば、その瞬間に死だ。
僕は今年(当時)31になる。昔ほど素早く動けない自分を実感することもある。でもポンタの波は、時に僕をプッシュし、時に『自分を抑えろ』という指示をくれ、そのバランスや経験が力になることを教えてくれる。
僕はここの波に乗るようになって、初めてリラックスして乗るにはどうしたらいいか、それにどんな意味があるのかを知った。そしてそのスタイルを、自分のウインドの、そして人生のスタイルの一部に取り入れることができた。ポンタの波は、僕にとって最高のコーチなんだね」

Aloha Classic 2016 @ Hookipa, Maui
Aloha Classic 2016 @ Hookipa, Maui

緊張とリラックス。ウインドにおいては、あるいは生活のある場面においても、それらは別々にあるものではない。確かな芯(コア)があればこそ、最大限に有効なリラックスが可能になる。
ジョッシュのスタイルは、高品質なカーボンマストに似ている。重厚でありながら軽く、強くてフレキシブルで、復元力が高い。彼のようにはできないけれど、いろんな意味でバランスのいいウインドサーファーになりたいものですね。

─────── Windsurfing Magazine ─────── ウインドサーフィン・マガジン ───────

▲Josh Angulo(CV-1)エド・アングロ(シェイパー)を家長とするアングロ家の三男。カリフォルニアに生まれ、生後二ヶ月でオアフ・ノースショアに移住。ハードコアなサーフシーンをバックグラウンドに幼年期を過ごす。10歳でマウイに移住、ウインドを始める。1991年、17歳でPWAツアーにデビュー。1999年、北大西洋カボヴェルデ諸島(共和国)に拠点を移し、その後 2 × PWA ウェイブ・チャンピオン(2003、2009)に。近年は2015年PWA韓国大会で3位になるなど、スラローマーとしても活躍。国籍はアメリカ。1974年12月12日生まれ、42歳。
▲Josh Angulo(CV-1)エド・アングロ(シェイパー)を家長とするアングロ家の三男。カリフォルニアに生まれ、生後二ヶ月でオアフ・ノースショアに移住。ハードコアなサーフシーンをバックグラウンドに幼年期を過ごす。10歳でマウイに移住、ウインドを始める。1991年、17歳でPWAツアーにデビュー。1999年、北大西洋カボヴェルデ諸島(共和国)に拠点を移し、その後 2 × PWA ウェイブ・チャンピオン(2003、2009)に。近年は2015年PWA韓国大会で3位になるなど、スラローマーとしても活躍。国籍はアメリカ。1974年12月12日生まれ、42歳。