ライトウインドのフォイルレース
オリンピックスタイルの衝撃
All Photo by John Carter_pwaworldtour.com
大会2日目、午後2時、風が上がった。と書きたいところだが、それほど上がってはいなかった。公式発表によれば、風速は3〜10ノット、マックスで5m/sだ。それでもフォイルレースがスタートする。ギリギリのコンディションであることは間違いない。しかしトップレーサーたちは飛び続ける。フォイルが登場する以前なら確実にノーレースだったことだろう。フォイルが初めて正式種目になった去年でも、レースは成立しなかったかもしれない。それなのに最終的には、ウィメンズ4、メンズ2、合計6つのフォイルレースが成立してしまった! 乗り手と道具の進化が、またミニマム風速を引き下げた、という感じだ。
まずは今季からフォイルが正式種目になったウィメンズクラスの話から。エントリーは12名(なかには出場しない選手もいた)。だからもちろん一斉スタートで、いきなりファイナルということになる。記念すべき女子のオープニングレース。勝ったのはスラローム・クイーンでもあるデルフィン・カズン(FRA-775)。下馬評通り。だがレース内容は予想の範囲を超えていた。もちろんはデルフィンは速かったのだが、もう一人、突然のように速い選手が出現したのだ。セイルナンバーESP-5、誰だ? マリーナ・アラバウ? どこかで聞いた覚えがあるような・・・。確認してみる。おそらくPWA初参戦の彼女は、1985年生まれの33歳。2012年ロンドン五輪(ウインドサーフィン)RS:X級の金メダリストだ。
デルフィンとマリーナは、その後も鎬を削り合い、互いに2レースずつ、トップと2位を分け合った(リザルト参照)。総合ポイントも3.4で並んでいる。カウントバックルールにより、直近の第4レースでトップを獲ったデルフィンが暫定首位だが、それはかりそめのポジションでしかない。二人はリングのコーナーに腰掛けて、わずかなインターバルを過ごしているようなものだ。スタートホーンが鳴れば、また立ちがり全力でやり合う。3× PWAワールドスラロームクイーンのデルフィンの意地が勝つか、ロンドン五輪金メダリストのマリーナが最高レベルの勝負強さを見せるのか。二人のプライドを賭けた戦いは、これから始まる。
メンズクラスのエントリーは56名。その半分の28名ずつで2つの予選ヒートを行い、それぞれ上位16名がファイナルに進出する。この日2レースを終えた時点での暫定首位はバドロー・キラン(NED-9)。1994年生まれの24歳。2019年RS:X級ヨーロッパ・チャンピオン。彼もまたPWAツアーには初参戦だと思われるが、オリンピッククラスでは有名なレーサーで、早くも2020年東京五輪における金メダル最有力選手の一人とも言われている。身長が高く(2m近いかも)細身の体躯は、ごついメンズの多いPWAのなかでは異色だが、ライトウインドでのレース運びにはそつがなく、艇速も安定して速かった。そのしなやかな走りっぷりは、すべてのネガティブな要素を吸収し、パワーの伝達効率を最大限に高める最新装置であるようにも見えた。
オリンピッククラスのレーサーが、PWAのフォイルレースを刷新しようとしている。そんな気がした。去年PWAでは4つのフォイルレースが行われ、日本ではゴンザロ・コスタ・ホーヴェル(ARG-3)/ 韓国ではマテウス・アイザック(BRA-767)/ スペインではアマド・ブリスウィック(NB-20)/ ドイツではマテオ・イアキーノ(ITA-140)と4人の勝者が生まれたのだが、彼らの今大会における現在の暫定順位は、27位 / 11位 / 7位 / 9位であり、去年ランキング3位だったスラロームキングのアントワン・アルボー(FRA-192)も21位と苦戦している。もちろん強風レースが行われれば結果はどうなるかわからない。でも少なくともライトウインドレースのあり方は、明らかに変化しているように思える。
スラロームの延長ではなく「本格的なフォイルによるコースレーシングが始まったという感じです」そう言ったのは、日本選手で唯一、2つのレースでファイナルに進出し、ベスト32に踏みとどまった穴見知典(JPN-60)である。昨年PWAのユースクラスでチャンピオンになった穴見は、いくつもある微妙な違いが大きな差になって現れていると感じている。例えば速い選手の何人かは上りで少しヒザを伸ばし気味にして、若干立ち乗りに近い形で乗っている。当たり前のことだけれど、彼らはスタートも風を読む力もコース取りも(想像以上に)やっぱりうまい。それに彼らは、混戦のジャイブマーク(飛んでいるフォイルには急ブレーキは効かないのですごく怖い)でも躊躇せず、確かな技術で攻めのマーキングを完遂する。穴見は「それができなかった。要所での細かいミスが重なって遅れてしまった」
無理もない。去年の最終戦からこの日まで、つまりシーズンオフのあいだ、穴見は日本で独りぼっちだったのだ。今の日本にはフォイルレーサーはいるけれど、穴見と同じレベルで本気のトレーニングができる選手はいない。その間ヨーロッパでは、多くのトップレーサーたちが腕を磨き合い、道具のチューニングの精度を高めている。混戦のスタート練習もジャイブ練習も重ねている。
穴見にとってこの日のレースは、今シーズン初めての本気のラウンディング(周回練習)でもあったのだ。もちろんそれを言い訳にしているわけではない。彼はただ今大会で多くのレースを経験して、世界のレースに慣れていきたいと思っている。レースごとに細いミスをなくしていけば、もっと上に行けるはずだと感じている。
「トップの何人かがいて、第二集団があって、その後ろに僕がいる。まずはファイナルでいいスタートを切って、その第二集団に入り込むこと。それが今回の目標です。これからのレースでは、一度上マークまでパンピングしまくってやろうと思ってます。それでどこまでいけるか試してみようと。ぶっ倒れるかもしれませんけど」
スタートでパンピングして切れ上がる。穴見はその走りに手応えを感じている。さて穴見はどこまで行けるか、PWAレーサーの逆襲はあるのか。ギャラリーにとってのフォイルレースはさらに面白味を増してゆく。
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▼5月11日現在の暫定順位